兵庫県内企業における化学物質管理の新しい管理での取り組みに関する調査研究

代表研究者  兵庫産業保健推進センター所長  橋本 章男
主任研究者 兵庫産業保健推進センター相談員 波多野 彦一
共同研究者 兵庫産業保健推進センター相談員  山田 豊治
坂上労働衛生コンサルタント事務局長  坂上 佳司

1.はじめに

  1. 兵庫県内企業においては、化学物質等による災害が最近5年(平成10.11.12.13.14.)増加傾向にあり(表1)
  2. 又、有機溶剤、鉛、特化物取扱い事業場の特殊健康診断での有所見率を最近5年間でみると、全国平均値に比べ少し高い値が続いている(図表1)。
  3. そして、平成14年度の当センターの「実地相談」及び「窓口相談」で、化学物質関連の例及び企業の化学物質管理の問題を抱えている例が認められる。
  4. 一方、平成12年3月の「化学物質等による健康障害防止(労働省指針)」により、化学物質管理をMSDS,リスクアセスメントなど広範囲でとらえる新しい管理での流れにある。
  5. 上記の背景から、今回、県下の各事業所(製造、サービス業等)の「化学物質管理の新しい流れの実態把握とそこから産業保健推進センターとしての取り組み方向の確認をすることを目的として進めた。

2.兵庫県における有機溶剤、鉛、特化物取扱い事業場の特殊健康診断有所見率の推移等

特殊健診の有所見率
                            (図表1)
(兵庫県・全国)
 
平成10年
平成11年
平成12年
平成13年
平成14年
有機溶剤
対象事業場数
2,144
2,102
1,998
1,947
1,912
受診労働者数
21,908
22,721
21,487
21,317
21,567
有所見者数
1,542
1,456
1,525
1,538
1,436
有所見率(%)
7.0
6.4
7.1
7.2
6.7
全国有所見率
5.9
5.9
5.9
6.0
5.9
対象事業場数
438
1,456
391
380
353
受診労働者数
4,882
4,689
4,713
4,676
4,230
有所見者数
127
111
214
111
96
有所見率(%)
2.6
2.4
4.5
2.3
2.3
全国有所見率
1.8
1.8
1.9
1.3
1.4
                          特定化学物質
対象事業場数
522
507
504
493
485
受診労働者数
11,960
11,366
11,211
11,256
11,398
有所見者数
223
169
161
124
135
有所見率(%)
1.9
1.5
1.4
1.1
1.2
全国有所見率
0.8
0.9
0.9
0.9
0.8

(図表1)兵庫県における有機溶剤、鉛、特化物取扱い事業場の特殊健康診断有所見率の推移

 1) 特殊健康診断の有所見率

兵庫県内企業における有機溶剤、鉛、特定化学物質)取扱い事業場の特殊健康診断での有所見率を最近5年間(平10.11.12.13.14)でみると、全国平均値に比し少し高い値が続いている。
即ち、有機溶剤の場合、兵庫県内企業の有所見率は(6.4~7.2%)全国平均値は(5.9~6.0%)であり、鉛の場合、県内企業のそれは(2.3~2.4%)、全国平均値は(1.8~1.4%)であり、又、特定化物質の場合、県内企業のそれは(1.9~1.2%)、全国平均値は、(0.8~0.9%)になっている。

                                     
     

2)化学物質による災害の推移(表1)  

化学物質等による災害は、死亡災害が毎年発生している。
さらに、廃棄物焼却施設におけるダイオキシン類や、いわゆる「シックハウス症候群」などの化学物質による健康問題が上がっている。
有機溶剤中毒、特定化学物質中毒でも、ほぼ毎年1~2件発生している。

(表1) 化学物質等による災害発生状況(件数) 兵庫労働局

分類
発生率
合計
10年
11年
12年
13年
14年
酸素欠乏症
1(1)
2(1)
3(2)
硫化水素中毒
3(2)
4(2)
一酸化炭素中毒
2(1)
1(2)
7(3)
有機溶剤中毒
5(0)
特定化学物質中毒
1(1)
1(1)
8(2)
その他
9(0)
合  計
2(2)
7(1)
4(1)
11(3)
12(2)
36(9)

(注)カッコ内は死亡者数である。

3.調査研究の方法

(その1)化学物質取扱い事業場のアンケートによる実態調査

第1段階として、事業場へのアンケート調査を行った。
アンケート調査項目の計画では、従来からの有機則、鉛則、特化則での各種項目の確認と新しい「化学物質管理指針」の各管理項目の骨子を並べて調査項目をあげた。又、その際他府県での調査報告も参考にした。
して、アンケート調査票の配布は、県内化学物質取扱い事業場のうち、当センターが把握している2000事業場を対象に業種別、従業員規模別にえらび行なった。あと、その中から914事業場の回答を得た。

(その2)化学物質取扱い事業場の訪問実地調査

第2段階として、上記914事業場の中から業種別、規模別にみながら、その中で化学物質管理を良く実施されている6事業場を選択し担当相談員3人で分担し実地調査を行なった。
調査のすすめ方は、各事業場が実際に工夫されて活動されている点を具体的に、又、問題苦心されている点などを調査項目に従い現場も確認しながらすすめた。それぞれの事業場の具体的な取り組み方について回答を得た。

4.調査結果

(非常に大量の調査結果となったため、ここでは割愛させて頂きます)

5.考察

1.兵庫県内企業における化学物質等による災害が最近5年(平成10.11.12.13.14年)でみると増加傾向にあり、又、(有機溶剤、鉛、特定化学物質)取扱い事業場の特殊健康診断での有所見率を最近5年(平成10.11.12.13.14年)でみると全国平均値に比し少し高い値が続いている。
一方、(平12.3)の「化学物質等による労働者の健康障害を防止するための必要な措置に関する指針」により、化学物質管理をMSDS(化学物質安全データシート)、リスクアセスメントなど広範囲でとらえる新しい管理での流れにある。
これらの背景から今回、県下の(鉛、有機、特化)対象事業場を含めた化学物質取扱い事業場での「化学物質管理指針」による新しい流れの実態把握と、そこから産業保健推進センターとして今後の取り組みの方向の確認をすることを目的とした。

2~1.調査は第1段階として、調査票による事業場へのアンケート調査を行なった。

化学物質取扱い事業場のうち、当センターが把握している2000事業場を対象に調査票を配布し、914事業場の回答を得た。
Ⅰ) 事業場特性は、業種でサービス業、製造業、建設業等17部門にまたがり、従業員数規模で7区分(<50人、50~99人、100~199人、200~299人、300~499人、500~999人、>1000人)である。
Ⅱ) 取扱い化学物質の種類は、有機溶剤49種、特定化学物質38種、それ以外の通知物質136種について、使用業務(洗浄、塗装、製造等)の確認と夫々の使用量は広範囲にわたっている。
Ⅲ) 鉛、有機溶剤、特定化学物質、それぞれについて各“則”に基づいて管理項目(局所排気、作業主任者、作業環境測定、健康診断、保護具等)毎に実態状況を“Yes”と“No”で確認し比較した。
例えば、有機溶剤取扱い事業場では、~局所排気装置を設けている83.5%、プシュプル排気装置を設けていない68.5%である。~作業環境測定結果評価をしている67.7%で、実施していない32.9%である。~定期の有機溶剤健康診断を実施している79.2%である。更に、同じ質問を特定化学物質取扱い事業場でみると、~局所排気装置設けている79.6%であり、~作業環境測定の結果の評価をしている64.9%で、実施していない36.1%である。~定期の特定化学物質健康診断を実施している65.4%である。両方の取扱い事業場を比較して、同種の管理項目に対しほぼ同じレベルで実施されている。
Ⅳ) 安全衛生の総合管理では、~総括安全衛生管理者、~衛生管理者、~産業医選任は、85%レベルで高度にすすめられている。

Ⅴ) 化学物質管理指針での管理項目順にみると、(1)(指針、管理計画、管理者等)では①管理指針を知っている 41%、知らない 58%、②管理計画を作成している 16%、していない 84%、③化学物質管理者を選任している 60%、していない 40%となっている。又、(2)(化学物質安全データシート、リスクアセスメント等)では、①化学物質安全データシート(MSDS)、入手している 75%、していない 25%、②安全データシート活用している 64%、していない 36%、~使用化学物質のリスクアセスメント実施している 52%、していない 48%、③使用化学物質のばく露評価方法をきめている 53%、いない 44%となっている。更に、④ばく露低減にばく露時間短縮をしている 56%、していない 44%、となっている。(3)(ばく露防止低減、局所排気装置、作業環境測定等)では、①作業環境測定実施は 61%、していない 39%、②局所排気装置設置している 62%、していない 38%、③保護具を使用している 50%、していない 50%である。

*MSDSの入手から活用方法、更に、リスクアセスメント、ばく露評価方法、ばく露低減法へと、今後推しすすめる点が多くある。

又、(4)(教育、異常時の措置、事故防止等)では、①作業者への有害性など教育をしている 60%、していない 40%、②化学物質の保管、貯蔵は、漏れないようにしている 83%、していない 17%、③化学物質大量漏洩時の対応をしている 46%、していない 53%、④定期的避難訓練実施をしている 51%、していない 49%となっている。

*作業者への教育もすべて十分でない点もあるが全体として、事業場の努力がうかがえるし、又、化学物質の保管、貯蔵は、何等か実施されているが、大量漏洩時の対応,定期的避難訓練も今後推しすすめられることである。

Ⅵ) 事業場からの質問要望事項では、①化学物質管理の講習会の機会を知りたい、②管理計画の作り方,例を知りたい③化学物質管理での情報の提供が欲しい、④作業環境管理のすすめ方、⑤リスクアセスメント法のすすめ方、⑥有害物質管理と廃棄物管理との関連などが上げられる。

2~2.調査の第2段階として、回答事業場の中から、代表6社の企業訪問実地調査を行った。

Ⅶ) 実地調査では、全般的にいって、高いレベルの管理がされており、自社に合わせた、化学物質管理の専門部会、委員会での審議等も実施され、MSDS情報の入手から、電子化情報管理など有効に利用されている。
MSDSを使った、リスクアセスメントも尺度評価から、健康障害防止につなげたマネージメントもある。又、“ばく露リスク評価”については、試行も含め、今後の方向としている。
マネージメントシステムでは、各社、ISO9001(QMS)、ISO14000(EMS)、安全衛生マネージメントシステム(OHSMS)にそれぞれ関連されており、順次,構築されつつあり、これらの中で、有害物質管理、廃棄物管理など、同時にすすめられている。
全体として、よく工夫して、管理されており、今後、この「化学物質管理計画」を、まだ十分実施されていない事業場への実施例として参考になる。

6.まとめ

「化学物質管理指針」に基づき、調査票により、2000事業場へ配布、内、回収された914事業場の実態をみると

  1. 新しい「化学物質管理指針」の事業場への周知度が、まだ十分でない(約半分)所がある。 指針に基づいて、管理計画の作成、管理者育成等も、今後、すすめていく必要がある。
  2. 又、MSDSの入手、活用方法からリスクアセスメント、ばく露評価方法なども、今後おしすすめることが必要である。
  3. 従来からの対象物質(鉛、有機溶剤、特定化学物質)について、夫々管理項目に対し、それなりの高いレベルで管理されている。
  4. 今回の調査により、この指針での実態がよく把握され、これらに基づいて、当、兵庫産業保健推進センター等でのセミナー等を通じ、~化学物質管理指針のすすめ方、~管理計画の作成方法、~ばく露評価を含めたリスクアセスメント法など、順次、スタディーし、推進していくことができる。
  5. 今回の調査を機会に各事業場自身が「化学物質管理指針」そのものを認識し、他の事業場(例えば実地調査6社)の実績等からも参考にされ、それぞれの業績、規模に合わせた「自事業場の化学物質管理のすすめ方」へ展開されることを期待することができる。

(謝辞)

本調査を実施するに当たり、ご協力をいただいた事業場の皆様および関係機関の皆様に感謝いたします。

※ 兵庫産業保健推進センターでは、上記の「平成15年度産業保健調査研究報告書 兵庫県内企業における化学物質管理の新しい管理での取り組みに関する調査研究(抄録)」を無料で配布しております。ご希望の方は当センターまでご連絡下さい。